突然、それは来た。
 人間の背丈の倍以上もある高波が、海岸一帯に押し寄せたのだ。
「洞口の呂子衡の船団が、やられた。半数以上が流されたらしい。徐文嚮がなんとか残った船をまとめているが・・・」
 今、わが東呉には、北方の大国・魏が、三方面から侵攻してきている。江陵。濡須。そして洞口。私たちも、全軍を出して防衛に当たっているのだが、そのうち、洞口に展開させた軍が、水軍の半数を失ったというのだ。だれもが、真っ青になった。
 しかし、私には、これは反攻の好機と見えた。
 この高波は予測不能。恐らく、魏軍にも被害が出た筈。今、援軍を投入して一気に攻めれば・・・。
「判った。甘興覇をそちらに廻す。伯言は、彼に替わって、濡須の後詰めに入れ」
 それが。別れになった。











 南の冬は、なまぬるい。
 張将軍とよばれる身になったわたしが、この、南の、おおきな河のほとりにきて、もう、何年になるだろう。
 このごろ、ふるさとがなつかしくて、しかたがない。
 雪が、見たい。雁門の、厳しい冬。なにもかもが凍りつき、雪が、視界一面を埋めつくす。まぶしくて目をあけていられないほどの、あの、真っ白な輝き。身を切るような風。
 わたしも年をとったということか。
 そうだ。わたしは、老いた。もう、わたしの時代ではない。それを痛感したのは、この夏。帝のもとからとどいた命令をひらいたときである。
 ちょうど、東呉と蜀が、荊州西部で戦っていたときだ。わたしは、これは当然、蜀との全面戦争にはいるという命令だとおもった。東呉との同盟を盾に、わたしが荊州に出て、蜀軍の側面を衝き、劉備の首級をあげる。同時に、北部方面軍は、漢中に侵攻し、一気に益州に攻め入る・・・
 しかし。命令の内容は、意外なものだった。軍を荊州に展開させよというのは予想通りだったが、いよいよ東呉が負けそうにならない限り、手は出すなという。せっかくの好機をなぜと息巻くわたしに、使者はいった。中央の政治がからんでいるのだと。
 まつりごと?まつりごとなら、文官にやらせればよいではないか。こんなものは、いくさではない・・・
 あのときの、使者の、あわれむような目。あれで、わたしは、わたしの時代がおわったことをさとったのである。
 いまはもう。武人が武人らしくいくさをする時代ではない。より強い相手を求めて、存分に戦場をかけまわることがゆるされた・・・あの時代は、もう終わった。まつりごとがいくさを動かす時代に、わたしの居場所は、ない。
 こんなことなら、あのひとと一緒に、わたしも殺してくれればよかったのに。
 いや、そうではない。選んだのは、わたしだ。
「張遼とやら。そなたが死ねば、呂布の騎馬隊を指揮できるものがいなくなる。この素晴らしい騎馬隊が消滅するのは、惜しいと思わぬか。呂布の形見を後世に伝えたいとは思わぬか」
 二十三年前。曹操は・・・とうとう最後まで好きになれなかった、わたしの主人は、そういった。そのことばに、わたしは、折れた。
 わたしは、あのひとが、好きであったから。あのひとのなにかを、のこしたかったから。
 赤兔馬に乗り、方天戟を振るい、だれよりも強かったあのひと。いくさの匂いをかぐとじっとしていられなかった、あのひと。こどものように無邪気で、こどものように残酷だった、あのひと。あのひとのもとで、何も考えず、思いっきりあばれていられた・・・、あのころが、いちばん、しあわせであった。
 そういえば、濡須の敵将。かれは、どこか、あのひとににている。かれにひきいられた東呉の援軍が、この洞口の戦線に向かっていると、物見の者がしらせてきた。
 いま、いちばん会いたい男。酒をくみかわして、語りあいたかったと、しみじみおもう。
 はじめて会ったのは、あれは・・・





 あいつと初めて会ったのは、夷陵だった。
 十三年前。赤壁の戦いの後。夷陵を抑えた俺は、引き返してきた魏の軍に包囲されてしまった。見る見るうちに城壁に迫った、あの、見事な騎馬隊。その先頭に、あいつがいた。
 はっきり顔を見たのは、奴らが、城門に攻撃をかけてきたとき。俺は、櫓の上で、兵を鼓舞しながら、必死に弓で応戦していた。その時、指揮官の顔を見たんだ。色白で、彫りの深い、男前の・・・。
 あいつの頸を狙った俺の矢は、寸前で、刀に叩き落とされた。この甘興覇の矢を叩き落とした野郎は、あいつが最初で最後だ。二の矢をつがえる俺を、下から見上げて、にやっと笑い、腕の一振りで手勢を退かせた。魏の歩兵部隊が、攻城兵器を持って、来やがったのさ。あとはそっちの応戦に追われて、あいつに構っている暇はなくなった。
 あとで、あいつの名前をきいた。張遼。字は文遠。あの呂布の騎馬隊を引き継いだ、魏軍きっての名将だという。
 いい顔だった。それに、凄い腕だ。騎馬の技量も、剣も。
 あいつは、この洞口の戦線にいるという。会いたい。会って、さしで勝負がしてみたい。俺が、東呉を離れる前に。
 一度だけ、機会はあったんだが、あの時は・・・





 かれと手あわせをする機会があったのは、七年前の、夏。孫権が、合肥に攻めてきたときである。わたしは、孫軍が撤退するところを狙い、川の北岸で、奇襲をかけた。そこには、孫権もいた。こんなわずかな兵と、こんなところにぐずぐずしているなんて、なんとおろかな君主であろう。孫権の首級はもらった・・・、あのときわたしはそうおもった。
 しかし、孫権をしかりつけて、対岸に走らせた声があった。夷陵の城門を攻めたとき、やぐらの上で兵をはげましていた、あの、腹にひびく声。あそこでかれが射かけてきた矢は、このわたしですらかろうじて叩きおとせたほどの、するどいものであった。矢を叩きおとしたわたしを見て、ひゅっと口笛をふいて、不敵に笑った、かれ。日に灼けた赤銅色の顔の中から、強く光る目が、じっとこちらを見据えていた。
 あとで、かれの名前を知った。甘寧、甘興覇というらしい。興覇とはまた、何とかれにふさわしい字であろう。
 かれからは、あのひととおなじにおいがした。たたかって敵をたおすこと、自分の力をためすことに、無邪気な喜びを感じる、そういう男独特の・・・。ああいう男と、一対一で、戦ってみたい。あのときからわたしは、そう思っていた。
 かれがここにいる。かれと、勝負ができる。わたしは、喜びいさんで、馬を駆った。ところが・・・





 早いとこ兵をまとめて、川を渡らなきゃならねえのは判っていたが。あいつを見ちまったら、もう、俺の身体を流れる血が許さねえやな。兵のことも何もかも吹っ飛んで、ただ、あいつと勝負がしてえ、それだけよ。俺は、あいつ目指して、一気に馬を駆った。ところがだ。そこに邪魔が入った。
 そう。凌公績の野郎。俺を親の仇と睨んで、事ごとに俺の邪魔をする、あのガキだ。血走った目ェして、相手が何者かも考えずに、いきなり横合いから突っかけやがった。若い奴ってなあしょうがねえ、自分の手に合う相手かどうか考えろってんだ。案の定、あっさり馬から跳ね飛ばされて、地面に伸びちまった。敵の雑兵が群がってくる。公績の部下が必死に奴を庇っているが、完全に押されている。いくら小憎たらしいガキだっても、仲間ぁ見捨てる訳にゃいかねえし。俺は張遼を諦めた。
 ひょっと、目の隅に、味方の軍楽隊が映った。どうしていいか判らねえのか、ぼーと突っ立ってるその姿を見て、急に、無性に腹が立った。
「こらーっ、てめえら!この甘興覇が敵に突っ込もうってのに、音楽もなしかよ!景気良くやれ、景気よく!」





 横合いからつっこんできた若い将の肩に、剣を叩きこんだ。とどめは雑兵どもにまかせ、わたしは、かれにむかおうとした。かれも、わたしとたたかうつもりなのか、飛びだしてきていた。いよいよ勝負ができる。いくさの喜びが、全身をかけめぐった。
 ところがかれは、味方の軍楽隊に一声どなると、急に進路を変えたのである。
「この甘興覇が敵に突っ込もうってのに、音楽もなしかよ!景気良くやれ、景気よく!」
 まるで、あのひとのようなことを、腹に響く声でどなって。かれは、あの若い将に群がる雑兵どもの中に、つっこんだ。鬼神のように。雑兵の首がいともたやすく宙に舞う。
 その姿が、あのひとそのままで。わたしは、おもわず、見惚れてしまった。
「公績っ!」
声に応じて、敵兵が、気を失っている若い将を、かれの鞍に放りあげる。その兵の背中に、味方が戟を叩きこむ。構わずに、かれは、馬を返す。
 追えば、追えただろう。だが、わたしは、うごかなかった。
 これほどの男。あのひとそのままの男。弱みにつけ込んで討つのは、あまりにも惜しいではないか。
 そんなわたしに、ちらりと不審げな目線をなげて。かれは、川に向かって、一気に馬をおどらせた。





「お頭ーっ!」
川に飛び込んだ所へ、手下が船を廻してきた。いい呼吸だったな、あれは。あそこは結構流れが早いから、正直、公績を抱えて渡り切る自信はなかった。
 それにしても、あいつは何であの時、手を出して来なかったんだろう。もしあいつが追ってきていたら、とても逃げ切れなかっただろうに。
 あの時も、それが不思議で。船に上がって振り向くと、あいつは、同じ場所で、幽霊でも見たような顔をしていた。黙って行くのも愛想がねえから、手ぇ振ってやったら、笑顔を見せて高く剣をあげ、挨拶を返してきた。何か、寂しそうだったよな。
 あれは何だったんだろうなあ。
 一度、あいつと、飲みたかったぜ・・・



そして。いま。洞口に。かれが。あいつが。来た。



 かれがくる。かれに会える。
 わたしは、ずっとかれを待っていた。
 これで、おわりにしよう。もう、わたしの居場所は、どこにもないのだから。
 あのひとののこした騎馬隊。先頭にたって、わたしは、馬を駆る。
 これが最後だ。
 そう、わたしは、もう・・・










 徐文嚮(徐盛)は語る。

 攻撃は、急だった。
 増援の水軍を見て、こちらが陣を固めてからではまずいと思ったのだろう。曹休は一隊を出して、長江の中州を占領しようとした。
 甘いぜ。公苗(賀斉)は、先代の頃から呉に仕えた強者、まして興覇は水軍の第一人者だ。公苗の派手派手しい船団は、敵の士気を削ぐのに十分だし(また、子衡殿のも凄えからな。二つ並んだら、そりゃあ、見るからに怖いぜ)、これまでさんざん手を焼かせた魏の高速船も、興覇が来たんじゃもう動き回れねえ。興覇の船は、東呉一、速えんだからな。
「文嚮!南からそいつら、追い落とせ!!」
陽気な声が、水を渡ってくる。言われるまでもねえこった。
「突っ込め!長江は、こちらが握った!奴らに逃げ場はねえ!!」
歩兵とともに、儂は、中州に攻め上った。
 敵も懸命に抵抗するのだが、制水権をこちらが押さえちまっては、士気が上がらねえのも、無理はない。中州で孤立した一隊を、儂らは、思う存分、蹴散らした。
 見れば、公苗と子衡殿の兵は、既に対岸に上陸を始めている。
「よーし!この勢いで、一気に行くぜっ!!」
応、と頼もしい返事を背中に、船に戻った俺の目に映ったのは、土煙。
 張遼の、軽騎兵だ。
 出て、来やがったか!!
 儂の血が。一気に、燃え上がる。
「矢だ!ありったけ、ぶちこんじまえ!!」
船を岸に寄せながら、喚いた儂の目が、敵に向かって飛びだそうとする、赤い被布を捉えた。
「こ、興覇?!」
ちらりと振り返った奴が、右手を、高くあげた。
「張遼は、俺の獲物だ!てめえら、手ェ出すんじゃねえぞっ!!」
心底楽しそうな、陽気な声が、重く垂れた冬の空を、さっと切り裂いた。
「よせっ、馬鹿っ――!!」










 あいつは、何処にいる?
 俺は、あいつの騎馬隊を探した。
 騎馬隊が出てきたら、一騎打ちを挑む。東呉を去る前に、あいつと勝負をしてみたい。負けたら?それは、その時のことさ。
 こちらに近づいてくる土煙が、目に入った。あいつの騎馬隊だ。相変わらずいい動きだぜ。見惚れちまうじゃねえか。
 あいつが、先頭に立って、駆けてくるのが、判った。
 よし、まずは矢でご挨拶といくか・・・。俺は、弓をひきしぼった。
 




 かれの弓が、わたしをねらっている。伝わってくる殺気で、わかった。
 かれが、東呉のだれよりも強い弓を引くのは、わたしがいちばんよく知っている。
 射程にはいったところで、わたしは、馬に制動をかけた。
 




 俺の射程に入った所で。あいつは、急に、馬を止めた。射れるもんなら射てみろというように。いい度胸だ。
 喉。狙いを定め。
 手を、弦から放す。



 弦音が。冬の空気を引き裂いた。



 その瞬間。
 張遼が両腕を下ろすのを、甘寧は、見た。
「・・・なっ」
 無防備にさらされた張遼の喉に、甘寧の放った矢が、吸い込まれてゆく。



・・・わるいな、甘興覇。もう、この世に、わたしの居場所は、ないんだよ・・・

「この馬鹿!甘ったれてんじゃねえっ!」
何を叫んでも手遅れだった。俺の矢が、的を外したりしないのは、俺が一番よく知っている。
 時が。止まる。

・・・一度お前と、飲みたかったんだぜ、俺は・・・
・・・あの世で。それではだめか?



「馬鹿野郎ーっ!」
 




 衝撃。
 からだが、宙に浮いた。
 なにもかもが、おそろしい速度で、とおざかってゆく。
 ああ・・・
 ・・・雪が、見たいな・・・





 彷徨う視線の先には、南の冬の、重く垂れこめる暗い空。
 その空から。はらりと、白いものが、零れた。
 白いものは、たゆたうように、ためらうように舞い降りてくると、そっと、地に縫いつけられた武人の唇に、くちづけた。
 ひとつ。ふたつ。はらはらと、桃李の花が散るように。淡雪が、冥い空からまいおりては、武人の髪に、額に、そして光の消えた瞳に、やさしく・・・。
 まるで、葬送の曲のように。









 徐文嚮(徐盛)は語る。

 はらはらと散る、白いものの中。あの、黒い塊が…、伝説の、呂布の騎馬隊が、崩れた。
 後続の歩兵にまで、動揺が走るのが見える。
 江東の健児が一斉に雄叫びを上げる。
 騎馬隊は集団で動いてこそ怖ろしい。指揮官を失って、連携が取れなくなれば…。
 好機!
「突っ込めーっ!!」
 全身を口にして、儂らは喚いた。
 公苗の軍が、子衡殿の兵が。崩れた騎馬隊に向かって殺到する。
 華やかな色彩の渦の中に、あの、黒ずくめの騎馬武者が、一騎また一騎と呑み込まれてゆく。
 凄かった。思い出しただけでも、腹の底が熱くなる。
 儂の歩兵も上陸し、その後に続いた。
 戟のひらめき。上がる血飛沫。
 漢にしか判らねえ戦の喜びが、儂の全身を駆け巡る。
 その間中。
 はらはらと、白い雪が、絶えることなく、儂らの上に降りそそいでいた。
 まるで、葬送の曲のように…



「興覇が…、戻ってねえ?」
 戸惑ったようにうなずく、奴の手下は。見覚えはあるが、いつもの奴ではなくて。
 興覇が船を離れてる時、指揮を執ってたのは、確か、李何とかいう…、水賊の頃からあいつとつるんでた奴の筈だが…
「いつものあいつは、どうした?」
「判らねえっす。古株の連中は、この戦の前に、みんな船降りちまってて…、かしらまで戻って来ねえんで、俺たちもう、どうしていいのか」
「馬鹿な…」
 今日の戦は、完全に、儂らが押していた。あの騎馬隊を完膚無きまでに打ちのめしたのだから。あんな戦で死ぬような、興覇はそんなトロい奴じゃねえ筈だ。
 何で…、何で、戻らねえんだ?どういうこった?

 とりあえず、儂の船団にくっついてろと命じておいて。
 直属の兵だけを率いて、儂は、対岸に降りた。
 雪は、いつか止んでいた。
 燃えるような夕焼けが、辺りを真っ赤に染めている。
 いや、夕焼けだけのせいではない。大地も、魏と呉の兵の血を吸って、赤く染まっているように見えた。
 その全てを、うっすらと降り積もった白い雪が覆っている。
 その雪を払いながら、死体の顔を、一つ、一つ、覗き込んで歩いて…。
「興覇!興覇!!」
 ざっと、羽ばたきの音。
 見上げた儂の目に。死肉を求めて集まって来た、烏の群が映る。
「興覇ぁーっ!!」
 呼んでも、呼んでも、答えはなく。あざ笑うような烏の声が響くだけ。

 考えてみれば。今日の戦は、最初から、何かがおかしかった。
 まるで初陣の若武者のように一騎で突っ込んだ興覇。話がついてでもいたかのように、一騎で飛び出してきた張遼。彼奴の喉に吸い込まれた矢は…、あの距離だ。払おうと思えば、払えたのではなかったか。
 騎馬隊の動きも、腑に落ちない。張遼ほどの年季の入った武将が、万一の場合の指揮官を決めていなかったとは、思えない。しかし、今日の奴らの乱れようは…、あれは、完全に、統率者を失って右往左往するものの、それだった。

 陽が、落ちてゆく。
 烏が一声、高く鳴いた…

 張遼が討たれたあたりに来て。儂の足は、凍りついた。

 彼奴は、ここに、死にに来たのだ。
 興覇に討たれるために、飛び出したのだ。
 自分の…、呂布の騎馬隊を、道連れにして。
 それが何故かは、判らないが。
 あれは、張遼が呂布から引き継いだ騎馬隊だという。彼奴は…、呂布の所へ、あの騎馬隊を連れて行ったのだ…
 では。
 では、興覇は?

 闇が、迫る。
 
 もう、奴は、戻らねえ。
 遺体は見つからなかったが…、儂には、判った。

「張遼は、俺の獲物だ!てめえら、手ェ出すんじゃねえぞっ!!」
 そう。獲物もいないところに、奴が留まるわけがない。
 興覇は、儂らの前から、姿を消したのだ。
 永遠に…

「興覇…」

 渦を巻く、黒い翼が。
 やがて、闇に呑まれて、消えた…










 甘興覇は、戻らなかった。
 殿は、手を尽くして彼の遺体を探させたが、ついに見つからなかったそうだ。
 誰もが、甘興覇は死んだと言い、葬儀も行われたけれど。
 私は、…陸家の総帥・陸伯言は、今も、信じている。
 どこか遠い海の彼方に、青い龍の入れ墨をした、陽気な海賊がいることを。
 葡萄の美酒、夜光の盃、波の上には白い月。傍らに美姫を侍らせて、はるかな国の楽を聞き・・・

「止めねえのか」
「似合いますよ、その方が。貴方には。」

 遠く、はるかな、海のかなたに。