あいつは何も持ってはいなかった。

 家柄も、財産も、容姿も、才覚も。人が羨むようなものは何一つ。
 生まれ故郷は早くに追われた。健康にさえ恵まれなかった。

 あいつが持っていたものは、ただひとつ。
 それあるが故に、誰も妬まず。それあるが故に、何も恨まず―――

「でも…、だって、好きなものは好きなんだから…、そんなのどうしようもないだろうっ!」

 周家の陰謀に気付いた時。あいつは叫んだ。泣きながら叫んだ。それでも俺やっぱり公瑾どの好きなんだよ、と。
 裏切ったとしても。殺し合ったとしても。陰謀を巡らしてるとしても。それでも。それでも。

「俺、みんな、好きなんだよ!みんな、みんな、大事なんだよっ!!」

 ただ。それだけを、あいつは・・・・・


 
A.D.222 荊州



「なんか、さあ、かしらア」
「あ?」
「こういうことやってっとまた賊に戻ったような気分ですよねえ」
 古くからの手下に、白髪頭を振り振り言われ。甘寧は思わず吹き出していた。
「ちょ!んな、笑うこたねえっしょ!」
「いやまあそらあ、やってる中身はあの時分と変わらねえけどよ。お前、しみじみ言うようなことかよ?」
「そら、しみじみもしますよ。敵船襲って兵粮やら何やかんや奪って…でしょ?どうしても、被るんですよ、あの時分と。場所も同じですからねえ」
 江を渡る風に翻る、あの頃と同じ、真っ赤な帆・・・・・
「東呉水軍にいたのは全部夢で、俺らアずっとここで錦帆賊やってたんじゃねえかって、…そんな気がしてくるんですって」
「錦帆賊の甘興覇、か。久々に聞いたぜ」
 ふっと甘寧が目を細めた。
「そういや最近は、言われることもなかったな。いや」
 そうだ。「言われることが」というわけでもない。
 以前から、聞こえるところで言う奴はそうはいなかったのだから。ただ…

 …俺アただの男じゃねえ。錦帆賊の甘興覇だぜ?んな、水賊あがりなんざ…
 …ああ、平気平気。子衡どのだって寿春のチンピラ上がりだし、公奕だってどっかそのへんでぶいぶい言わせてたワルだし…

「俺がそう名乗らなくなったってだけか」
 自分が自分を「錦帆賊の甘興覇」だと考えること自体、いつの頃からかなくなっていた。
「俺らも孫軍に馴染んだもんですねえ」
「…そういうこった」

 暗殺者となるべく育てられた自分が、良民としてまっとうに生きて行くことなど出来る筈がないと。
 心の底では切望しながらも、願う前に諦めていたひとつの願い。

 …たすかったあ。みち、わかんなくなってさあ。つれてかえってよお。

 二十年の昔。
 妓楼の入り口でナメクジのように酔いつぶれていたところを、まともに踏みつけてしまった男。何故か懐いてきたおおきな瞳。
 捨ててしまえばよいものを、ついうっかりと構ってしまい。構っているうちに何故か孫家に仕えることになってしまい。
 その瞳が次から次へと持ち込む難題を必死に片付けてやっていたら、いつの間にか諦めていた願いが叶ってしまっていた。
 陸伯言が畏敬に満ちた口調で語ったように、本当に奇跡が起きたのかもしれないと、甘寧は思う。
 なんといっても、叶ったことにすら気付かぬ程、すんなりあっさり叶っていたのだから。
 それも徹底的に叶っていた。
 当の自分が、いつか自分が自分を水賊だと思わなくなっていることにさえ全く気付かなかった程、徹底的に。
 もし、侵攻してきた蜀漢軍の補給を断つ為、ところも同じこの荊州で、よその船を…まあ今は敵の補給船なわけだが、とにかく船を襲撃するという、かつて水賊であった頃のなりわいをもう一度繰り返す羽目にならなければ。
 自分は生涯、願いが叶っていたと気付くこともなかったのではなかろうか。
 
「奇跡だよなあ…」
 思わず呟いた感慨を、手下は別の意味で受け取ったらしい。
「何言ってんです、かしらの腕に決まってるじゃありませんか!」
「あん?」
 自分の腕が孫軍で認められたからだと言ってくれているのかと思ったが。
「確かに、俺らの手を逃れた補給船はそうはいねえでしょうが、かしらの腕なら当然っすよ!奇跡だなんて何弱気になってんです!」
 ああ、そっちか。
 自分の誤解が可笑しくて、甘寧の口の端が釣り上がる。
「ああ、そこんとこはな。俺が言ったのはそこじゃねえ」
「へ?」
「そもそも俺らが孫家に仕えて東呉水軍一と呼ばれるようになった、そのきっかけがよ。子明の野郎を妓楼の入り口で踏んづけたことだと思うとよ」
「え?…ああ、そういや、そうでしたねえ」
「その結果がお前、侵攻してきた敵軍の補給船あらかた止めることだっつったら、やっぱほれ、奇跡じゃねえか?あんなアホなことがこんな立派な実イつけるなんて、普通ありえねえや、なあ」
 今度は手下が吹き出した。
「あはは。まあ、ねえ」
 ありえねえといえば、ありえねえかもしれないが。
「けどかしらア、その奇跡、ちいと行きすぎた気もしません?」
 冬場はまだ、江が荒れる日が多かったから、捉え損なう船もそこそこあったが。春以降、荒れが収まってからは、殆ど全部拿捕しているに近い。
「最近下ってくる船自体ごっそり減りましたからねえ…」
「ああ。もっぱら陸で運んでやがるって感じだな。このクソ暑いのに、ご苦労なこった」
 確かにそれは甘寧も気にしていたことではあった。
 半年にわたる従軍で、当初は仇討ちだと士気も高かった敵軍も、最近は暑さも相俟ってか、動き一つを見てもだれた雰囲気が感じられる。明らかに士気は下がっている。
 しかしそれはこちらも同じことだ。緊張は果てしなく維持できるものではない。
 一気に大量に運ぶ水上輸送なら殲滅もある意味楽だ。索敵の手間はさほどかからないのだから。しかし、そのたびごとに輸送経路を変えて来るだろう陸上舞台を、暑さの中、いちいち探して叩き潰してゆかねばならない陸軍は・・・・・
「一度本営に伺いを立ててみるか。適当に手抜きしてやって、水上輸送諦めねえように仕向けた方が、陸の連中は楽かもしれねえ」
「そうですね。じゃ、誰か使いを・・・・・」
「いや、俺が行く」
「へ?かしらが、わざわざ?」
「ああ」
 他にも気になることがあるのだと、甘寧は唇を歪めて言った。
「聞いてねえか?噂だが…。韓のじいさんが陸伯言に楯突いた挙げ句、あいつ解任しろって建業に書状送ったっつー話」
「げ。まじっすか?」
 喧嘩したとしか聞いてなかったがと、手下もぎゅっと眉を寄せた。
「らしいぜ。今日野菜運んできた補給のヤツに聞いたんだが…、上がガタガタして貰っちゃあ困るからな。ほれ、赤壁で、黄のとっつあんが部下守って躰張った時もよ・・・・・」
「あー、都督があの人んとこの兵杖刑にしようとした時っすね」
 あの時は。黄蓋には逆らうつもりなどあったわけではなく、ただ、兵を庇って自分の落ち度だと公言しただけだったのだが。
「確かに、上で揉めてて勝てるのかって不安がってたヤツ相当いましたよねえ…」
「だろ?その気がなくてもあれだったっつうのによ、モロその気があるってんじゃあ、なあ?」
「ですね。こら、かしらに行って貰うのが正解かもですねえ」
「おうよ」
 留守の間は任せて下さいと頼もしげに言う手下に向かい、頼りにしてるぜと笑ってみせて。
「しょうもねえ角突き合いで子明の策台無しにされて堪るかってんだ」
 半ば独り言のように言った甘寧が、目を鋭くして江を睨んだ。

 そう。俺は、約束したんだ。
 お前の大事な孫家の呉は、この甘興覇が守ってやると。
 孫家の為にじゃねえ。揚州とやらの為にでもねえ。

 呂、子明っていう、馬鹿の為に。





 陸遜の本営に着いたところで、甘寧はおやと首を傾げた。
 韓当と一悶着あったというから、当然、不安や何やでどんよりした空気が漂っているものと思っていたのに。
 …えらく、士気上がってんな?
 ここにいるのはかなりの割合が陸家の私兵…、総帥を韓当に侮らせてなるかと結束を固めでもしたのだろうか。それにしても、と思ったところに。
「げ!かしら!」
 いつものイキのよさはどこへやら。飼い主に叱られた犬のように、しゅんとしおれた丁奉がいた。
「何だ、お前…」
「もうお耳に入ったんスか?いや、俺反省してます!マジで!二度としません!だから連れ戻すとかそゆのはナシに…」
「はあ?」
 なんのことだ。
「てめエ何かやらかしたのか?」
 げ、と丁奉が目を剥いた。
「殿に直訴の一件じゃねえんで?」
 しまったという内心がありありと顔に出ている。…笑っている場合ではないのだが、笑えてくる。
 …ったくもう、一本気なのは悪いことじゃねえが、…しょうがねえなあ。
「そうっちゃそうだが…、大都督の方針に文句つけてんだろ、韓将軍は?」
 なんでそこに、軍の中ではまだまだ下っ端の、この丁奉が絡んでくるのか。
「いや…、その…、それはそうなんですけど、…何つか・・・・・」
 くすくすくす。
 堪えきれなかったらしい笑い声が、甘寧の背後から響いてきた。
「ほらみろ、興覇殿にまで心配させて。後先考えずにものを言うからだ」
「将軍ー」
 きゅんと眉を下げた丁奉の視線の先にいたのは、この軍を率いる大都督。
「伯言さん、こいつ何かしでかしやがったのか?」
「いやね」
 可笑しそうに楽しそうに陸遜が笑う。前に会った時と、雰囲気が違った。
「持久戦もいい加減にしろ、伯符様ならとっくに果敢に突っ込んで敵を蹴散らしておられる…、それがご老体の主張なのはそうなんですが、奏状の中身がちょいと違うんですよ。部下の躾も出来ないような若造が総大将とはどういうことだ、って」
「部下の躾?」
 ぎろりと甘寧が丁奉を睨み、丁奉がますます縮こまる。
「ええちょっと、軍議でね。こいつ、私を庇って、義公殿に暴言をね。いきなり『じゃかぁしいっ!』とか喚きだして…」
「ちょ!だから申し訳ありませんて俺…」
「は?」
 庇ったにしても「じゃかぁしい」はないだろう。そもそも、庇って口をきけるような頭がこいつにあるのか。
 疑わしげな甘寧の視線を浴びて、ぼそぼそと丁奉が弁解する。
「いや…だって…、将軍のこと戦が怖いのかとか臆病者とか言うから…、俺、ブチっといっちまって・・・・・」

 あんだよ、「将軍」のどこが臆病者なんだよ!ここ取った時の戦あんたらも知ってんだろうが、ええ?!副官さんが止めんのも聞かねえで下っ端の俺らと先陣争ったんだぜ?臆病者にンな真似が出来っかよ!
  最初の軍議で、ほんとの敵は心ん中にいるって言われたろうが!もう忘れちまったのかあんた耄碌してんじゃねえか?!伯符様だかなんだか知らねえが、俺が生まれる前に死んだモンのことばっかりいいやがって、やらせろやらせろって苛つきやがって!心の中の敵に負けちまってるじゃねえか!時代は変わるってことも知らねえのかよっ!!

 これは凄い。これは言い過ぎだ。当然鞭打ちのひとつも喰らっただろう。陸伯言も、あと、その場を収めるのに、相当苦労したに違いない。
「あー…」
 済まなかった、俺の躾がなってなかったと、ここは謝るところなのだろう。謝るべきなのだろう、けれど。
「悪イな…、その、俺がもうちと厳しく…、いや」
 いや。駄目だ。これは嘘だ。
「済まねえ!」
 甘寧は、腹を括った。
「あんたには悪いが、伯言さんよ、こいつ、誉めてやっても構わねえか?」
 丁奉の顔がぱあっと明るくなり、陸遜がたまりかねて笑い出した。
「仰有るだろうと思いましたよ。…いえ、私だけじゃありませんが」
 そう。あまりの暴言に呆気にとられていた陸遜が、気を取り直して「承淵!控えろ!」と怒鳴りつけたところで、当人は「畜生!!」と喚いて飛び出して行ったのだが。
 鞭打ちに処する、ご無礼申し訳ないと頭を下げた陸遜に、徐盛が呑気な声で言ったのだ。ああいうヤツには厠掃除の方が効く、なんならうちのをやって貰おう、またたいがい汚くなってるからな、と。
 そうして彼は続けて言った。「無礼は無礼だが、あいつの言うのは間違っちゃいねえ。だいたいあれは甘興覇の仕込みだろ?だったら叱っても無駄だぜ。興覇がここにいたら同じように言うわ」と。
「ドスが利いてる分なお悪いかもしれねえって仰有ってましたよ」
 そう言われては甘寧としても苦笑するしかない。
「文嚮は度量が広いからな」
「ええ。場を収めてくださって助かりました」
「そら…、あいつんトコの厠が出てきたんじゃあ、そらあ揉める気も失せるだろ」
 徐盛は度量の広い男だが、…逆に言えば細かいことは気にしないということで。部曲の厠がどうなっているかまで気を配るような男ではなくて。
 実際、以前、彼の部曲で下痢が流行って大騒ぎになったことがあったが、虞翻によれば「あまりにも汚い厠」が原因だったらしく・・・・・
「ええ、よっぽど汚かったらしく、あれ以来承淵も大人しくなりました。今日の軍議でも、よく我慢しましたし」
 な、と微笑みかけられて。丁奉が照れくさそうに笑った。
「今日も揉めたのか?」
 甘寧は心配そうに眉を寄せたが。
「蜀軍が三千ほど、平地に出て陣を組んだのです。罠ではないかと承淵の隊を偵察に出しましたら、案の定、後ろの山に八千ほど隠れているのが判ったのですが、…義公殿が信用してくださらず、攻めろ攻めろと」
 独断で動きかねないと思ったから、殿から拝領した剣を抜き、従わぬ者は斬とまで言わねばならなかったと、陸遜が困ったように笑った。
「そうなんです見間違えたんだろうなんて言イやがるんですよ。八千くらいどうってことないとかさ。騎馬隊八千が山から逆落としに突っ込んできたらけっこう厄介じゃないですか。そう言ったらまた臆病者とか伯符さまがどうとかって、お決まりのやつ」
「まあ、孫伯符なら、平気で突っ込んでたかも知れねえな…」
 んでもってすっぱり負けてたかもなと甘寧が言い、丁奉がうんうんと頷いた。
「で、今回は噛みつかなかったのか?厠掃除がよっぽど堪えたらしいな」
「ええもう汚いのなんのってあれ…、いや、それより!年寄りをあんまり怒らせるとその場でぽっくり行くぞって脅されたんですよ。そんなの寝覚め悪いじゃないすか」
「確かにな」
 それはもう、笑うしかない。
「長丁場になっていますからね。義公殿だけではない、皆がじりじりするのも判るのですが」
 苦笑を浮かべた陸遜が、ふと顔色を改めた。
「魏が、動きました。大軍を南下させています。」
「あア?」
 甘寧がぐっと眉を寄せた。
「そいつアまさか、揚州を…こっちの本拠を衝く気でいやがるとか」
「いえ。荊州方面に向かっております。臣従した国を助けるのは当然といわれ、断れなかったと、殿から知らせが」
「じゃあ、漁夫の利を狙ってるってヤツか?どっちでもいい、ボロボロになった方を始末して…とか」
「いや…、流石に、救援する筈の同盟国にいきなりはないでしょう。こちらは臣従しているわけですし。もし狙うとしても蜀漢でしょうが…、ただ、うちがここで大損害を出して引き揚げざるを得なくなれば、荊州全土を奪おうとはしてくるかも…」
「ああ、…勝つには勝っても駐屯させる軍が残せないような勝ち方だったら、ってことか」
 そうですと陸遜が頷いた。
「ですから、出来るだけ損害の少ない勝ち方でなければならない。そうでなければ呂蒙殿の策が無駄になる」
 何の為に関羽を討ったのか、判らぬようになってしまう。頷く甘寧の顔も厳しい。

 ――俺、みんな、好きなんだよ!みんな、みんな、大事なんだよっ!!

 あのおおきな瞳の主が願ったのは、決して、魏に漁夫の利を与えることではなかった。同盟国とはいい条、政の世界はそう単純ではない。魏に隙を見せてはならぬのだ。
 その為には。

「まあ、もう少しです。承淵が調べてくれたことはもう一つあって…」

 きらり。目を光らせて、陸遜が言った。

「蜀漢軍はあちらこちらに柵を設けて、物資の集積所を作り始めました。水上輸送を完全に諦めたようですよ」
「そそ!かしらが完璧補給遮断してくれたおかげっすよ!」
「なん、だって…?」
 まさかと、甘寧は思った。
 それは、…そんなことをしたら・・・・・
「そうです。補給路はそれで確実に判る。それどころか、火攻めにでもすれば、退路まで断てる」
「なんでまたそんな馬鹿な手を…」
 敵の心配をするのはおかしな話だが、それで大丈夫なのかと言いたくなる。
「まさか、新手の罠」
「いえ」
 しかし陸遜は首を振る。
「食料の補給が厳しいだけではなく、兵の補充も難しい状況なのではないかと思います。苦肉の策といったところでしょうか」
「補給隊の頭数揃えるのもきついってか?」

「ええ。蜀漢は、凶作ですよ、去年」

 にこりと笑った陸遜は、背筋が凍るほど怖ろしく見えた。

「俺らこの前偵察に出た時、索敵に出したヤツが敵の斥候隊捕まえて本隊んとこまで連れて来たんスけどね。それが、ちょうど俺らがメシ喰ってた時で」
 食べ物の匂いを嗅いだ途端、捕虜たちが、何とも言えない顔をしたのだと、丁奉が早口に説明した。
「なんかその顔がね。ガキの頃親父が稼ぎ呑んぢまって食い物なかった時の弟や妹の顔に似てたんです。だから、普通しねえんだけど、可哀想になっちまって」
 分けてやったら、旨い旨いと、泣きそうな顔をするものだから。
「次に補給隊襲った時、いつもは荷物ンなるからそこらに捨ててたんですけどさ、ヤツらの米持って帰って炊いてみたんですわ」
「不味かったか?」
「ええ、モロ、判りました。あれは、お天道様が足りてねえ年の米です」
 丁奉が自信を持って言い切る。
「俺らは気がつかなかったが…」
「仇討ちに行く軍だからというので、最初のうちは、無理をして良い米を廻していたのではないでしょうか。最近はとにかく質が落ちているようです」

 あと一息です、と、陸遜が、またあの怖ろしい笑みを浮かべた。

「集積所が完成するのを待って、一息に火攻めをかけます。それまで、江の方、よろしくお願いいたします」
「ああ、そうと聞いたら一艘だって江を下らせるもんじゃねえが・・・・・」



「これでやっと戦える。私たちの敵と」



 ぽつり。
 呟いた声は小さかったが、何か、異様な迫力があった。

 …「敵」? こいつ、何とやる気だ…?

 その「敵」が劉備のことだとは、甘寧にはどうにも思えなかった。