Act.3
〜A.D.215 益陽

 かしらは城壁の上で防衛線の様子見てるってえから。
 届いたばかりの竹簡握って、全力で走った。
「うわっ!バカ、廊下走んなっ!」
 ぶつかりそうになった誰かに怒鳴られたけど、んなの構っちゃあいらんねえ。
 これ零陵から来たんだもん。かしらが零陵のことどんだけ気にしてたか、俺、よーく知ってるもん!
 階段二段づつ飛び上がって、城壁の上に飛び出して…、うっわ眩しい。今日も暑くなりそうだな。
 ええと、かしらは…、あ、いた!いつもの赤い被布!
「かしらあ!零陵から至急便…うおっ!」
「うおって何よ、うおって」
 ひえ、おっかねえ!
 怖い顔で思いっきり睨まれて、俺は思わず首を縮めた。
 だってかしらひとりだと思ってたんだもんよー。お姫さんが一緒だなんて、聞いてねえよ!
「わりい、承淵は女ずれしてねえからよ」
 苦笑したかしらが手を伸ばしたけど、…あー!
「零陵からね。貸して」
 横からひったくるかよ、横からっ!!
 ったくもうこれだから姫のつく女は…。
 かしらに目線で訴えたけど、かしらってば諦め顔で苦笑するばっか。
 俺、…かしらにちいとでも早く報せたくて、怒鳴られんのも構わず突っ走って来たのに!
 いや、そんなことはどうでもいい。
 報せ、何て書いてあんだ? 殿から、反転してこっち戻れって命令は行った筈だけど…
「…なんて?」
 かしらも気になるのか、低い声が鋭く聞いた。
「開城」
 開城?!
「やった!」
 俺は思わず喚いてた。
 やったじゃん!これで後ろ気にしねえで思っきり暴れられるじゃん!
 やったね、呂将軍、さすがかしらが名将って言うだけのこと、あるな!
「よかったですね、かしらっ!」
「ん…、ああ・・・・・」
 え? よかったじゃん。…なんでそんな心配そうな顔してんだ?
「おい…」
 あれ…。姫さまもなんか…青い顔して・・・・・
 白い手が竹簡をかしらに渡した。多分俺なんかが見ちゃいけねえんだろけど…、気になったから背伸びして覗いてみた。うん。ダメだとは、言われてねえし。
 うっわ、きったねえ字。…俺の字と変わんねえ…って?
「あれ?」
 呂将軍こんな雑い字書かねえよな。上手かねえけどいつも丁寧に、一生懸命書いたって感じの字だ。俺知ってるもん。
 てことはこれ、呂将軍の字じゃ、ねえ…?
 え?
 アタマが自分で報告書かねえなんて…、ちょ、…まさかあのひとに何か? 小競り合いでもあったのか? 怪我したとか…、まさか・・・・・
 あー、苛々する! 読めねえよこれまだ知らねえ字いっぱいあるしおまけになんかやったら雑くて汚ねえしっ! これじゃ覗いた意味ねえじゃん!
「かしら…」
 聞いたら怒られるかもしれねえけどどうでも気になるから、思い切って聞こうとした途端。
 竹簡がぶるぶる震えだした。
「かしら…、なに・・・・・」
 …まさか、呂将軍、まさか・・・・・

「喀血って、何だよ、それっ!」

 おてんとうさまが急に翳ったような気がした。

「医薬の手配を頼むだあ? 畜生、あの馬鹿…っ!」
 ばん。
 音を立てて、城壁が鳴った。
 かしらが竹簡を投げつけたのだ。
 拾い上げた俺の手の中。…俺にも読める字。偏将軍。吐血。医薬。…労、咳・・・・・
 ああ、やっぱ。
 やっぱそうだったんだ、あのひと…! かしらが思ってた通り!
「そんなに…、進んでたなんて! 知ってたら行かせやしなかったのにっ!」
「興覇、知ってたの?」
 うわ! 姫さま、すっげえ目!
「…ああ」
 こら、あれだよな。絶対怒られるよな。なんで報せなかったとかなんで隠してたとか。
 あー、泣かれるかもしんない。姫さま呂将軍とは仲いいみたいだし…、何つっても、女だし。
 かしらも覚悟したんだか、唇がぎゅっと一文字になった。
 けど。

「ああ、…どうせあれでしょ、『へーきだよ』とか何とか言って、何言っても耳も貸さなかったんでしょ」

 まったくもう、あのひとはって。姫さまは溜息ついただけ。

 ・・・・・なんでだろ。
 いっそ怒ってくれたら、いっそ泣いてくれたら、その方がずっとよかったって、…そう思っちまったの、なんでだろ。

「…よく、判るな」
「だって、子明だもの」
 そんな遠い目されたらこっちが泣きたくなっちまうじゃねえか。なんか胸つぶれそうな気がするじゃねえか!
「あのひとは、兄上の側仕えで…、ええ。わたくしたちとも、兄弟みたいなものだったし…」
「…ああ」
「いつもよ。…自分のことちっとも構わないで、人のことばっかり。どんなに困らせてもどんなにわがまま言っても、しょうがないなあって、にこにこ笑って…」
 見えない何かを白い喉がこくんと飲み込んだのが判った。
「起きたことは、仕方がないわ」
 物思いを振り切るように、ふわり。髪の毛を掻き上げて・・・・・

 笑うか?
 笑うかよっ、そこでっ!

「問題はこれからどうするかよね。あの子が当てにできないとすると…」

 泣けよっ!あんた女だろっ!そこで泣かねえ女なんてかわいくねえよっ!
 あんたがあんまりかわいくねえから、…だから、だから、俺は・・・・・

「すっぽんっ!」

 あ、まずい。口が勝手に。…かしらも姫さまも目剥いてやがる。
「鼈!鼈喰って貰いましょう!」
 あーもういいや、止まんねえもん!だいたい、止めたくなんて、ねえもんっ!
「俺集めてきますから!城市じゅうの鼈全部集めて来ますからっ!いくらなんでもそれだけ喰やあ…っ、やまい、だって、…ちいとは、マシに…」
 なんでだよっ!
 何で涙なんて出てくんだよっ!!
「…そうして、くれる?いい子ね」
 いい子なんてぬかすな一人前の男に向かって!
 だいたいあんたが悪いんだろ、あんたがそんな顔して笑うからだろっ!!
「かしら…」
「ああ、行け。すぐ行け。な」
 頷いて。
 俺は階段に駆け戻った。今度は二段づつ駆け降りた。

「こらーっ!またお前、さっき廊下は走るなと…」
「じゃかあしいっ!」

 んなこと言ってる場合じゃねえんだ!俺は鼈買いに行くんだっ!
 嫌だ嫌だぜーったい嫌だあのひと死ぬのも嫌だしあの女があんな顔するのも嫌だし、かしらがあんな目するのも嫌だっ!
 何でもいいから出来ることしねえと、俺が破裂しちまいそうなんだよっ!―――



「…あいつ、マジだぜ。厨が鼈で溢れ返るんじゃねえか」
「いい子じゃないの」
「子明の馬鹿、胸の上にハラまで壊さなきゃいいけどな」
「大丈夫よわたくしがちゃんと料理するから」
「…余計、心配だ」
「ひっどーい!」



 いっそ、泣いてくれたら。
 その方が、ずっと・・・・・



 益陽の城門で。
 仁姫が、呂蒙軍の帰還を待っている。
 遠くに見えた土埃が、だんだん大きくなって。やがて、馬上の人影が見分けられるようになった。
 実用一点張りの鎧に、戦袍だけ赤い・・・・・
 …えっ?
 子明?
 あなた馬なんか乗って大丈夫なの? ちょっとみんな何てことをさせてるのよっ!
「ひめさまっ!」
 澄んだ声が夕暮れの陽射しを横切る。馬の足が速くなる。
 ああ、怒ってる。あの顔は怒ってる。
 でもね、子明。
 わたくしだって、怒っているのよっ!
 目の前で急停止した黒い馬。飛び降りた赤い戦袍。わたくしと変わらぬ背丈。
 それは昔と変わらないのに。なのに。なのに。
「なんだって前線なんか来る―――」
「何考えてんのよ病人が馬なんか乗ってっ!どれだけわたくしに心配させれば気が済むのっ!」
 癇癪だったら、子明なんかには負けない。ほら、困って目を白黒させてる。昔もよく見た表情だ。
 でも、こんなひどい顔色をして、こんなに痩せてしまって!
「し、心配したのは俺の方―――」
「いつになったら自分を労るってことを覚えるのよっ!だからあなた阿蒙って言われるのよっ!」
 ぐっと詰まった子明が口をぱくぱくさせている。昔いつもそうだったように。なのに。
 ああもうそんなに細くなって!夕陽に溶けてしまいそうじゃないのっ!
「ひ、姫…」
 追いついてきた鮮于丹のおろおろした顔。なんでこのひとを馬になんか乗せたんだって…怒鳴っても、無駄ね。言ったところで聞く子明じゃないわ。
 子明は、…昔から、・・・・・。
 駄目。今泣いては駄目。こんな兵の見ている前で、泣いたりしては、駄目!
「この度はご苦労でした。兵を休ませたら、すぐ、子敬の部屋へ」
 辛うじて、顔を繕って。やっとのことで、それだけ、言った。
 拱手する鮮于丹に、ひとつ、頷いて見せて。
「さあ、こっちへ来なさい!」
 子明の腕をひっつかんで、馬車の方へと引きずっていった。
「で、でも、姫様…」
「お黙りなさいっ!」
「もう、城、そこ…」
「お黙りって言ったでしょう!」
 こんな細い腕をして。こんな、蒼い顔をして。こんな、こんな、こんな・・・・・
 ああ、もう、駄目!
 子明だけを馬車に押し込んで、思い切り乱暴に扉を閉めた。
 どうしようもなかったものは、手の甲で、ひとつ、拭って。

「こんの、馬鹿子明っ!!」

 …泣くより喚く方がずっとずっと、わたくしの気性には合ってるのよ。



 動き出した、馬車の中。
 今見たものが信じられず、呂蒙は茫然と座り込んでいた。

 泣いてた。
 ひめさまが、泣いてた。
 刺客に襲われたときでも泣かなかったひとが。前の殿が亡くなったときも泣かなかったひとが。
 俺のために。…俺なんかのために。泣いて…くれてた…!

 血の気のない唇がゆっくりと動き、声は出さずにそのひとを呼んだ。
 青ざめ痩せこけた頬の上。一筋伝った、透明な雫。
 …生きてきて、よかった・・・・・
 胸の奥底から湧いて来たのは、あの嫌な咳ではなく。報われたという穏やかな満足感。
 もういいと、呂蒙は思った。
 あのひめさまに泣いて貰えたんだから、もうそれでいいと、呂蒙は思った。
 今この瞬間にこの命が絶えたとしても、自分は何も後悔しないだろう。
「ひめ…、さま・・・・・!」
 細い指に覆われたおおきな瞳は、それ以上を望むことなど、知らなかったから―――
 




「何だよ。喰わねえのか」
「食欲、ないんだよ」
 卓に置かれた食事の盆を、おおきな瞳が恨めしげに見やる。
 いろいろな料理が、これでもかというほど盛りつけられていて。見ただけでうんざりしてしまう。
「…お姫さんが、泣くぞお?せっかく作ったのにって」
 意地の悪い、微笑み。
「え」
 魚の塩焼き。粥。鼈の羹。何かの揚げ物。瓜・・・・・
 山盛りの食事を、呂蒙は、まじまじと見た。
「ひめさま、料理なんか、出来んの?」
「失礼な奴だな、お前」
 甘寧はついつい吹き出していた。
「まあ、自分で確かめてみな。喰ってみて美味かったら、出来るってことじゃねえの」
 思い切り疑わしげな顔をした呂蒙が、おそるおそる、粥を口に運ぶ。
「喰えるか?」
「うん。うん、これ、結構美味いよ。うん」
 くすくすと、呂蒙が笑う。
「何だ。ひめさまって、女のすることも出来るんじゃん。俺、何にも出来ないのかと思ってた」
「お前なあ。聞かれたら、何されるかわかったもんじゃねえぞ」
「言えてるなあ」
 嬉しげに料理を口に運ぶ呂蒙の姿が、甘寧の胸に突き刺さる。
「ま、しばらくは、牀に縛り付けられて養生させられるだろうな。医者も養生次第で快くなるだろうって言ってたし。諦めるこったな」
 心を隠して出来るだけ軽く言ってやれば、素直に頷くおおきな瞳。
「あ、鼈もちゃんと喰えよ! 承淵が必死の思いで手に入れて来たんだからな」
「…あ、もしかしてまた、獲ってきてくれた?」
「そんな暇、あっかよ。市で猟師から買ったんだ。けどよ、…あの馬鹿、金持たずに行ってよ」
「…はあ」
「人の命がかかってるんだって拝み倒して分けて貰ったんだと。ま、金持ってなくてよかったのかもしれねえな」
 本気で城市の鼈全部買い占める気でいたからなと言われ、呂蒙は小さく苦笑した。
「…そんな、心配かけてたんだ」
「そうよ。だからよーく養生して元気になれ。な? でねえとお前今度は鼈でハラ壊すぞ」
「…そ、だな」
 浮かんだ笑みが透き通るようで、甘寧は内心舌打ちをした。
 …んだよ、その諦めきったような顔!
 しかし瞳は何も言わない。辛いとも苦しいとも訴えない。
「俺なんかより、子敬どのは?」
 こんな時でも人の心配をする…、それが辛いと、甘寧は思う。
「あー。喧嘩する元気があんだから、大丈夫なんじゃねえの」
 仁姫が前線に出たと知った時の喧嘩の様子を語って聞かせて。
「ありゃあ、見モノだったぜ。」
「そっか、それで料理を。へえ」
 くすくす笑った呂蒙が、ふいと、遠い目をした。
 …こんの、阿蒙!
 怒鳴ってやりたいという思いを、甘寧が懸命に飲み下す。

 その瞳は。その澄んだ瞳は。
 己のために何かを望むことなど、知らなかったから―――





 目を覚ますと。
「起きたの?水でも飲む?」
 ひめさまの優しい目があった。
 微笑むと、微笑みが返ってくる。昔みたいだ。
「ごめんね、子明、苦労ばかりさせて」
 そんなふうにしおらしいこと言われると、何で前線なんか来たんですなんて、言えなくなっちゃった。
「苦労したの、ひめさまじゃないですか。…謝るの、俺の方です」
 そうじゃないか。
 女の子なのに、剣なんか握って。人質みたいな格好で好きでもない男に嫁がされて。
 命からがら逃げてきたと思ったら、…今度は、こんな、前線で・・・・・
「わたくし、苦労なんかした覚え、ないわよ」
「ひめさま!」
「苦労したのは子明じゃないの。自分で言ってたでしょ。野垂れ死にしそうなところをやっと呉にたどりついたんだって」
 それからだって。年も行かないのに戦に出て、もの考えずに突っ込んでくばっかりの伯符兄上のあと、いつも命がけで追っかけて・・・・・
「いつか伯符兄上言ってた。子明にお前は勇敢だなって言ったら、俺は勇敢なんじゃなくて忙しいんだ、殿のあと追っかけてたら怖いなんて思ってる暇ないんだって言われたって。そう言って、…笑ってた」
 …ああ、あったな。そんなこと。でも。
「でも、それ…、みんな、好きなひとたちのためだから…、かあちゃんとか前の殿とか仲謀さまとか、ええと、ひ、ひめさまとか、だから…」
 だから別に苦労なんかじゃなかった。俺なんかでも役に立てるのが嬉しかった…

「でも子明一度も選んでない」

 え・・・・・?

「子明は自分で選んで故郷を出たわけじゃない。自分で選んで呉に来たわけじゃない。自分で選んで兄上たちに仕えたわけでもない。そうでしょ?」
「え…」
 選ぶ、って。
 ええと、そりゃ…そりゃそうだけど、んー、そもそも俺選びたいとか選べるとか考えたこともなかったし…。
「わたくしはいつも自分で選んできた。剣を習うと決めたのはわたくし。劉備に嫁ぐのもわたくしが決めた。わたくしが死んでも嫌だといったら、仲謀兄上無理強いしなかった筈よ」
「ああ…」
 それは、まあ。そうかもしれない…、いやきっとそうだったろうけど。てか、ひめさまに無理強い出来るひとなんて、この世のどこにもいないと思うけど。
「劉備のとこから逃げてきたのだって、わたくしが望んでのことよ。今ここにいるのも、わたくしが決めたこと」
 ああ、ひめさま。
 ほんとにきれいな目、してるなあ。
「わたくしはいつも自分の思い通りに生きてきた。傍目には苦労したように見えるかもしれないけれどね、自分が好きで選んだ道だもの」
 苦労だなんて思ったことないわって、…ほんと、きらきら、笑うんだなあ。

「だから、子明も選びなさい」
「へ?」

 うっわとんでもなく間抜けな声が出た!ああほらひめさま怖い顔になったし…!
「自分の人生選びなさいって言ってるの!」
「え…、でも…」
 でも俺、…こんな病で、もう・・・・・
「ほんっと、阿蒙ねえ。病に倒れた今がいい機会じゃないの」
 え? 病が、機会? なんで?
「そうでしょ? 病だから軍を退きますって言えば、ほんとの病なんだもん、誰も駄目だなんて言わないわよ」
「…はあ」
「これまでの功績があるから褒賞だって出るだろうし、…好きなこと出来るわよ?」
「え…」
「もっと学問したいんならそれでもいいし、畑買って何か作りたいんならそれでもいいし。船買って漁師って手もあるわね」
「はあ」
「商人なんてのはどう? 子敬に頼めばコツ伝授してくれるわよ? 仕立て屋とか鍛冶屋とか、手に職つけるのもいいかも。療養しながらゆっくりやればいいのよ」
 …え、ええと、ええと・・・・・
「酒池肉林っぽいことだって、ものすごい贅沢言うんでなかったら出来…」
「しししませんそんなこと絶対しませんっ!」
 もう、何言い出すんだ、このひとは。
「もちろんやっぱり軍にいたいっていうんなら、止めないけど。あなたほどの将軍、病で本人が身を退きたいって言わない限り、手放す馬鹿はいないもの」
「お、俺、そんな…偉い将軍なんかじゃ…」
「わたくしが偉い将軍だって言うんだからそうなのよ」
 それすっごく無茶苦茶な理屈だって、知ってます、ひめさま?
 けどほんと…、俺そんなふうに考えたことなんてなかった。てゆっか…考えられるものなんだってことさえ、今初めて知った。
 うーん、普通はそうだよな? 労咳なんて死病って言われてるのに…、それを機会に新しいことはじめようなんて…
「最初から諦めてどうするの! やるだけやってみなきゃわからないでしょ? 人事を尽くさずして天命を待つなって言うでしょ!」
 …ひめさまそれ微妙に違ってます。
 でも言ったら「わたくしがそう言うんだからそうなのっ!」て怒るだろうなあ。

「運命なんてありゃしないわ。あるのは状況だけよ。どう受け止めるか、どう生きるか、…選ぶのは自分。そうでしょ?」

 わたくしは思うままに選んできた。不幸だと思ったことは一度もない。
 そう言って、ひめさまは笑った。きらきら、きらきら、夏みたいに笑った。
「でも、子明は選ぶこともできなかったじゃないの」
「…ええ、まあ」
「そういうのをね、不幸って言うのよ。なのにあなた気づいてないんだから!」
 …そう言われても俺、実感ないっていうか。ひめさまがそうしてそこで笑っててくれるだけで、なんか無茶苦茶幸せなんだけど・・・・・
「俺はもう死ぬんだとかしょうもないこと思ってるんだったらなおのこと! どうせ死ぬんだったらその前に一度くらい好きなことしてごらんなさい!」
「…なんか、無茶苦茶なこと、言ってません?」
「どこが無茶苦茶よ!」
「どこって…」
 なんか全部無茶苦茶なような気がするんだけど、…それ、俺の、気のせい?
「ね、子明」

 選べと、弓腰姫は言った。
 自分はどうしたいのか、望む通りに選べと言った。

「ま、ゆっくり考えて。…ね」
「ええ…」

 選ぶ?
 うーん、選べって言われても、俺…。
 別に俺もう、いいんだけど・・・・・

 そう言ったら、怒られるだろうなあ。



 一人になった部屋の中。
 小さく呟いたおおきな瞳は、望むということさえ、知らなかった。