Act.5〜A.D.209 柴桑
その年の暮れ。
新しい年を迎える準備で人の心が何かとせわしなくなる、そんな時期に、周公瑾は柴桑に戻って来た。
いよいよ病が重くなったのではないか。家族のもとで死ぬために戻ってきたのではないか。
そんな噂が飛び交う中。
「周都督が、お目通りを願っておりますが…」
たまたま御前に伺候していた陸遜は、侍従の言葉に耳を疑った。
伺候してくるだけの体力がどこに残されていたのだろう。江陵で見舞った時の彼は、まるで、抜け殻のようだったのに…
「…通せ」
孫権も、驚いたのだろう。蒼い目に戸惑いの色が浮かんでいる。
そうだ…、病は重い筈。もしやこれは、最期の遺言か何かを伝えに来たということではないだろうか。
ならば。本来彼は、この孫家とは身内も同然。部外者ともいえる自分はここにいないほうがよいだろう。
「殿、では、私はこれで…」
しかし、陸遜の礼よりも、孫権の声の方が早かった。
「伯言…、ここにいてくれないか」
その声に縋るような色を聞き取り、陸遜は僅かに眉を顰めた。
こちらに戻ってからというもの、孫権は、彼を傍から離そうとはしなかった。
豪族たちの動きに不穏なものがあるということを、薄々ながら察していたのであろう。陸家と孫家が固く手を結んでいることを、彼らに示し、暴発を抑える。そのための措置。
陸遜の存在で、陸家がまだ孫家を支持していると、確認したいと思っているのかもしれない。
そうまで信頼を寄せてもらえるとなれば、陸遜とて不快に思う理由はない。陸家の姿勢を明確にし、豪族の暴発を抑えることは、彼がしようとしていたことでもあったから。
「よろしいのですか」
「ああ」
…ここにいてくれ。
黙って陸遜は頷いた。
そうして。
身構えるようにして待ち受ける二人の前に、ふらりと幽鬼が現れた・・・・・
…あれは、幽鬼だとしか、思えなかった。
あの端正な美丈夫が、無惨なまでに、痩せ衰えて。
私たちは息をのみ、思わず顔を見合わせた。
肉が落ちた薄い肩は、まるで、刀を取らぬ文官のよう。見覚えのある袍が、今となっては大きすぎるように見える。それほどに、周公瑾は痩せていた。
江東の美周郎と讃えられた美貌は、それでもかつての名残をとどめていた。
これほどに痩せ衰えてなお、その顔立ちは美しく。なればこそあれほど凄惨に見えたのだ。まるで…、咲き初めた所を霜に打たれ、地に打ち伏した白菊のように。
その顔の中から切れ長の目が、熱に浮かされたような輝きで、じっと殿を見上げていた。私など目にも映らぬという風情で。
いや。
殿さえも、彼の目には映っていない。ぎらぎらと燃える眼は、殿の向こうの誰かを見ている。その、誰かの名は、・・・・・。
噛んだ唇から、血の味がした。
何故、判らない?
そのひとの見せた天下の夢が、殿を、そしてこの地に住む者たちを苦しめているのだということが、何故、判らないのだ!
そんな私に目もくれず、幽鬼が優雅に礼をとる。流れるような所作がかつての彼と変わらぬことが、いっそ不気味に思えてならなかった。
そして。
掠れた、それでも気力に満ちた声が、殿の向こうの誰かに向かい、きっぱりと告げた。
「益州への出兵準備、整いましてございます。本日は、出陣の御挨拶に伺いました」
何時の間に!
それでは、このところ江陵に運び込まれていた物資は、荊州の防備を固めるためのものではなかったというのか…!
迂闊だった。私は、また、唇を噛んだ。
それにしてもこの男…、何と僭越な。許可を求めるのではなく、勝手に出陣を決めてしまうとは!しかも、面と向かってそれを殿に告げるとは…
いかにその目に映るものが殿ではないにせよ、臣下の分を越えた仕業ではないか。
私は殿の目を捉えようとした。諾と言ってはならない。益州など、獲れる訳はない。
しかし、殿の蒼い目は、哀れむような苦い色を湛えて、じっと周瑜を見据えるばかり…
「公瑾、今は…時期が悪い」
優しい優しい声が、静かに幽鬼に語りかける。
「風向きも、水量も…、長江を遡るには適さないだろう。陸路をゆく歩兵も、この気候では、難渋するに違いない」
「しかし…」
周公瑾が浮かべた不服の色は、次の言葉で、拭い去ったように消えた。
「春を、待つのだ。春の到来を期に、東呉は、益州に、出兵する」
力強い声が、はっきりと、宣言した。
「と…」
諫めようとした私は、殿の袖が、僅かに動くのを見た。黙っていろ。今は何も言うな。その袖が、私の口を封じた。
承りましたと、微笑んで。
優雅にひとつ頭を下げ、美しい幽鬼が退出してゆく。その姿は、冬の弱い陽射しの中で、今にも溶けて消えそうに見えた。陽炎のように揺らめいているとさえ、思われた・・・・・
「伯言」
見つめて来たのは、 涙に濡れた蒼い目。
「何も言うな。判ってる」
私は、言おうとした言葉を、飲み込んだ。
「情に絆されて、勝てもしない戦を始めようとしていると…、そう思ってるんだろう?」
違うんだ。
「大丈夫だ。戦には、ならない」
懸命に抑えておられるのだろうが、声が、震えて、掠れて…。
「見ただろ…、あの、公瑾の様子?この冬は、…越せまいよ…」
ああ。それで。
「俺の憧れだったんだ!…綺麗で、強くて、優しくて!兄上なんかより、ずっとずっと、兄上らしかったんだ!大好きだったんだ…!
とうとう抑えきれなくなったのか、殿の声が強く跳ね上がる。
「それなのに!俺は、今…、公瑾の死を願ってる!!」
ああ…そうだ。
私も殿も、それを願わずにはいられない。
この江東の為には、周瑜という存在は、今となってはもはや殿の足元を掬う有害なものでしかない。
同じひとという生き物でありながら、別の誰かの死を願わずにいられないとは…、なんとひととは浅ましい生き物なのか。
彼を憎んで来た私はまだいい。けれど、殿は、…殿は・・・・・
「伯言、これが、王であるってことなのか?大事な義兄上の死を、願わなきゃならなくなるような…、王座につくっていうのは、そういうことなのか?」
俺は、そんなもの、一度たりとも望みはしなかったのに!!
顔を覆い、肩を震わせる彼。
何も…言えなかった。
王であるということは、権力を握るということは、そういうことであったから。
…その言葉通りであったから。
なのになぜひとは権力などほしがるのだろう
「孫仲謀さまが、そのような…」
邸にお戻りになった兄上は酷くお疲れになっているようであったから、申し上げたいこともあったのだが、私は、控えた。
果たして。
聞かされた話は、耳を疑うようなもので。
「それで…、それで、周公瑾が死ななかったら、どうなるのです?」
「どう…」
ふっと。兄上の視線が彷徨う。
「どうも、こうも。揚州が滅茶苦茶になる…、それだけだ。劉備にしても、黙っているかどうか…」
彼が益州を欲しがり、魯粛が獲らせたがっている。そのことは、私も聞いて…危険な賭けだがやむを得ぬかと思っていた。
江を押さえる為には、上流の益州にいるのが友好勢力であるに越したことはない。劉備が大きくなりすぎるかもしれないのが唯一の欠点なのだが…、いや。今、そのことはいい。
「祈るしか、ないな。…周瑜が早く死んでくれるように。」
吐き捨てるように仰有った兄上の声は、耳に痛い程に、苦かった。
「嫌なものだ。…人の死を願わねばならぬなど。あの人のお子は確か、まだ、幼くて…」
豊かな声が、弱々しく震える。
「また、顧家あたりが下手に手を廻さなければよいが。今動けばいずれ、我らのしたことと透けて見えよう。それでは、争いの火種になるだけだ。殿のお気持ちが判らぬではないが…此度は…」
あの方はお優しすぎるのだと仰有った声は、もはや呻き声に近かった。いつも堅く身に纏っておられる総帥の鎧が、ひび割れて消し飛んだかのようだった。
こんなに苦しんでおられる兄上を見るのは、初めてだ。
…お教えするか?あのことを。
いや…
「大丈夫でございます。天は揚州をお見捨てにはなりませぬ」
そう、申し上げると。兄上は、吐息のように微笑んだ。
「…それが、信じられたらな」
「大丈夫です」
もう一度、私は、繰り返した。
そっと、兄上の肩に、手を置く。…その手が、血の色に見える。
「とにかく、お休みなさいませ。疲れた時にものをお考えになっても、いいことは何もありません」
「…ああ」
この肩は。もう、ずっとずっと、揚州という、耐え難いまでの重荷を担ってこられたのだ。重荷の上に重荷を重ねるのは、私のするべきことではない。
人を地獄に突き落とすのは、総帥の仕事ではない。私が、この陸瑁が、黙ってやればいいことだ。
きれいごとだけでは、国は、守れぬという。
そう、なのだろう。たぶんその通りなのだろう。だが…、だからといって、兄上だけが、責めを負われることはない。
私もまた、陸家の子。この江東を護る、陸家の子…
そう。
私は、持っている。
疑われずに周瑜を殺す、切り札を。
ああ なぜ なぜひとは こんなふうでしかいられないのだろう
「じい!」
廬江周家の老いた家令は、旅に窶れた面を上げた。
「…父上に、何か…」
留守宅からの使いと聞いて、不吉な予感はしていた。この家令が、自ら来たということは…。
周峻は、最悪の報せに、身構えた。
感情が迫って、声にならぬのか。老人の顔を、涙が伝う。
「…亡くなられたのか?」
がくがくと、老人が頷き。…そうか、と、周峻が、腰を下ろした。
「覚悟は、していた。このところ…、文が途絶えがちだったから…」
無論。父の容態を報せる文は、周本家の意向を隠すための…いわば、手段であったのだが。
周瑜の病を報せた後も、本家からの指示は舞い込み続けていた。使える手駒は使い切ろうという腹なのだろう。だが…、それが、「益州を周家のものに」という指示があった後、はたと、途絶えて…
…やはり、そうであったか…
砂の城が崩れるように。虚しさが心を攫ってゆく。
しかし。
「…そうでは、ございません!」
絞り出すような声で、老人が叫んだ。
「亡くなられたのは…、もう、…ずっと、前です。若が…、こちらに出仕なさって、すぐ…」
周峻の目が、零れ落ちんばかりに見開かれた。
「あなたさまと離れることに、お父上は、…耐えられずに。ずっと、…お帰りを、お待ちになって…」
…ちちうえ!いっちゃ、やだ…!
別れたあの日の、父の声が。胸の底から、響き渡る。
「そんな!そんな、…じゃあ…」
言葉が。続かない。
信じられない。信じたくない。
「口止めされていたのでございます!本邸に閉じこめられて、監視をつけられて…!あなたさまが思い通りに動かなくなっては困ると、あの連中は…!」
堰を切ったように。狂ったように。老いた家令の口が、喚きたてた。
…嘘だ。嘘だ!そんなことは、聞きたくない…
「やっと隙を見て逃げ出したのですが…、追われました。そいつらは、武器を持っていて…」
だが、差し出された右腕には、確かに、癒えかけたばかりの傷がある。
嘘ではないのだ。
本家は、自分を欺いていたのだ…!
…では…、では、私は…
「ご親切な方が助けてくださらなかったら…、私は、今頃…!あなたさまやお父上を踏みにじって、私を殺そうとしてまで、あの連中は…」
「じい…、じい…!」
悲しみ。怒り。憎しみ。
ひとことでは言い表せない激しい思いが、涙となって迸った。
「じい…っ!」
「若!」
何を、言えばいいのか。何を、すればいいのか。抱き合って泣くより他に、いったい何が出来るのか。
…鬼どもめ…!!
その慟哭すら、圧するように。
…ちちうえ!いっちゃ、やだ…!
別れたあの日の父の声が、室いっぱいに、渦を巻いた…
一時の嵐が過ぎ去れば、しかし、現実が戻ってくる。
…これから、どうするか。
もうこれ以上、ここにいたくはない。何もかももう…どうでもいい。
父の喪に服すというのは、いい口実になるだろう。ここから、離れるのだ。
だが。
「…家には、戻れまいな…」
「そう、ですな…」
自分たちはいろいろなことを、知りすぎた。
廬江の家に戻れば、きっと…、本家が手を廻してくる。消される。それ以外にない。
馬鹿馬鹿しい。
…どうして私が死ななくてはならないのだ? 悪いのは…悪いのは全て、向こうではないか! 利用された挙げ句殺されるなんて、…そんな…
「どこかに…隠れるか…」
「しかし…、あの姫御は、どうなさいます」
「え?」
突拍子もない言葉に、周峻が目を瞠る。
「何を言っているのだ?私は…女など…」
「え…。違うのですか?陸家の…」
「陸家?」
何か。ひどく、嫌な感じがした。
「あ…、申しませんでしたか。私を助けてくださったのが、その、陸家のかたで…、ちょうど揚州の本家に行くところだったからと、ご親切に送ってくださって…」
不気味な罠が口を開く。
「あの…、若?何か、…まずいことでも?」
「いや」
…じいは、何も知らぬのだ。何も知らずに、一生懸命、私に報せを運んでくれたのだ。…責めてはならぬ。
だが。…恐らく、こうだろう。
陸家は、周家に目をつけていたのだ。漢の朝廷にも、陸家の者はいる。彼らは本家を見張っていたのだ。そして、…逃げ出してきたじいを、保護して…
「…あの…、ご当主の伯言さまは、若もご存じだということでしたので…、私も、安心して…。いえ、お家のことはなにも、…暴漢に襲われたと申し上げただけで…」
おろおろと、じいが言う。
…心配させてはならぬ。
周峻は、慌てて、笑顔を作った。
「いや、何でもない。それで?伯言どのには、会ったのか?」
あの美丈夫の顔が脳裏に浮かぶ。穏やかな笑みを浮かべ、底知れぬ目をした…
「…いいえ。お会いしたのは、陸子璋さまと仰有る方で。弟御だそうですね。伯言さまは会稽の方に行っておられるそうで」
そういえば、山越がどうとかいう話があったが…。
「ご親切な方で…、ここまで船を仕立ててくださって。その方が、彼女のことを忘れないでほしいと伝えてくれと。そして、これを…」
…もう、判った。
じいが懐から取り出した、小さな包み。震える手で開けば、…思った通り。
金の、小箱。
あの日。私が、謝家に渡した…
「ですから、私はてっきり、…陸家の姫御前と、何かお話でもあるものと…。あの…若?」
…知っていたのだ。
陸家はやはり、全てを知っていたのだ。
「若?どう、なさったのですか?私は、…なにか…」
笑顔を作ろうとしたが…、出来なかった。
「…亡くなったのだ。その…姫君は…」
…そう。亡くなった。私が、殺した。もう守る必要もなかった、父のために…!
「ああ…」
納得したのか。じいが、顔を伏せる。
「それは、お辛いことでございましたろう…」
辛い?辛いどころか…!!
陸家は、どういうつもりなのか。こんなものを今更、私に寄越して…
「…子璋どのは、他に、何か?」
「あなたさまを気遣っておいででした。益州出兵にはご反対のようで…、公瑾どのは揚州をどうするおつもりか、軍は無事に帰れるだろうかと、それはもう案じてくださって…」
…そんなことを、聞きたいのではない。どういうつもりなのかが、知りたいのだ…!
だが、じいには、そうは言えぬ。無理矢理私は、笑みを作った。
「大丈夫だ。叔父上は、負けたことがないというからな」
そう、あの悪鬼は、出兵が決まってからというもの、まるでどこも悪くないかのように生き生きとして…
「ああ、叔父上にも、報せねば…」
いかに狂った悪鬼とはいえ…、形の上では、父の弟。兄の死を報せぬわけにもゆくまい。
ここで待っていろと、じいを残して、室を出た。
何もかも、ただ、虚しいばかりで…
「あ…」
小箱を持ったままであることに気づいて。置いていこうと、戻りかけて。
…そこで、周峻は気づいた。
小箱の蓋には、開け閉めするために、小さな輪がついている。その輪に、飾りのように結びつけられた、赤い紐。
小指の幅ほどの紐に、何か、文字が見える。
人気のないのを見すましてその紐を解けば、はらりと踊った、端正な文字。
「益州出兵阻止に、お力を」
…益州出兵には、ご反対のようで…
…公瑾どのは揚州をどうするおつもりか…
…軍は無事に帰れるだろうか…
では。陸家は、私に…
ぱたぱた。背後に、軽い足音。
今見たものを袖に隠して、振り返れば、澄んだ、おおきな瞳。こんな時には一番会いたくない…呂蒙の瞳。
「何か報せが来たんだって?お父上、悪いのか?」
本当に心配そうに、こちらを覗き込んで。
「…ええ。死んだと…」
呂蒙が顔色を変えるのを。不思議なものでも見るように、周峻は見た。
「あ…、そうだったのか…」
おおきな瞳が、悲しげに見つめてくる。
「…いえ。ずっと、悪かったし…、覚悟もしてましたから…」
ぼそぼそと。自分のものではないような声が言う。
「それは…じゃあ…」
呂蒙が、頭を引っ掻いた。
「ごめん…。俺、学がないから…、気のきいたこと、言えなくて…」
見つめてくる澄んだ瞳は、どんな言葉より、父を亡くした周峻へのいたわりを表していたのだが。
「「いいんですよ。…お気持ちだけで…」
周峻は、緩く、首を振った。
早く、一人にしてほしい。袖に隠した…こんなものを、見られては…
だが。呂蒙は、離れがたいふうで。
「戦の時とか、いつも、そうなんだ。部下、死なせた時な…、家族の人に、いつも俺、何も言えないんだ…。ちっちゃい子がいたりしたらさ、俺の方が、泣けてきたりして。ほんと…ダメなんだ、俺」
爪先で、床を蹴って。
「今度はまあ、…俺だって、生きて帰れるかどうかわからないんだけど」
周峻はまじまじと呂蒙を見た。そんな台詞は、およそこの、呂蒙に似合わぬものであったから…
「あ、ごめん。俺…勝手なことばっかり…。なあ…、ほんと、大丈夫?真っ青だよ?」
「ええ」
辛うじて、頷いて。
「子明どのは、いい方ですね」
「いや、俺…」
困ったような呂蒙に、笑顔を残して。周峻は、叔父の室へと、足を向けた。
…今度はまあ、…俺だって、生きて帰れるかどうかわからないんだけど…
…この、侵攻。
あの子明どのでさえ、危ないと思っていらっしゃるのだ。
いつもだれより明るくて、みんなを励ます方に廻る、あの、子明どのが。
勘のいい方だという。…誰が言っていたのか。公績どのだったか。ということは…
…益州出兵には、ご反対のようで…
…公瑾どのは揚州をどうするおつもりか…
…軍は無事に帰れるだろうか…
…家族の人に、いつも俺、何も言えないんだ…
…ちっちゃい子がいたりしたらさ、俺の方が、泣けてきたりして…
「益州出兵阻止に、お力を」…
「叔父上」
益州の地図から目を上げた、闇色の瞳は。ただ、…冷たく。
「父が…、亡くなりました。今、報せが」
一瞬。周瑜は、目を瞠ったが。
「…そうか」
返ってきたのは、僅か、一語。
それなり、周瑜は、また、地図に目を落とし…
…ああ。やはりこれはもう…叔父ではないのだ!…
泣き笑いに似た痛ましいものが、周峻の整った顔を歪めた。
…益州出兵には、ご反対のようで…
…公瑾どのは揚州をどうするおつもりか…
…軍は無事に帰れるだろうか…
…家族の人に、いつも俺、何も言えないんだ…
…ちっちゃい子がいたりしたらさ、俺の方が、泣けてきたりして…
益州出兵阻止に、お力を!
…そういうことか。
それが望みか、陸子璋とやら。
いいだろう。…他に、手はあるまい。
どうせこれは、ただの、悪鬼…
「…薬湯の時間ですね。今、お持ちします」
「うん」
涙と。そして、もうひとつのなにかが。
薬湯の中に、はらりと落ちた・・・・・
なぜ。
ひとは…、なぜ。